東京高等裁判所 昭和27年(う)3319号 判決 1952年12月01日
控訴人 被告人 久野隆
弁護人 岩村辰次郎
検察官 松村禎彦関与
主文
本件控訴を棄却する。
当審に於ける未決勾留日数中七十日を本刑に算入する。
当審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は末尾に添付した弁護人岩村辰次郎並被告人名義の各控訴趣意書記載のとおりで、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。
論旨第二点について。
少年法第四十九条第二項に少年に対する被告事件は他の被告事件と関連する場合にも、審理に妨げない限り、その手続を分離しなければならないと規定し、同条第一項や同法第九条のように「なるべく」という文字をおいてはいない。しかし「なるべく」という文字があるかないかで、その規定が訓示規定であるか否かがきまるものとはいえない。その上少年法第四十九条第二項に反し、少年に対する刑事事件とこれに関連する他の被告事件とを分離しないで審理したときも、その少年が手続上自己を防衛するについて不利益であつたとは認められないし、万一かような手続が少年の健全な育成を期する上に好ましからざる影響を及ぼしても、一旦他の被告事件と併合して審理してしまつた以上は、後日その悪影響を取り除くわけにはいかないのであるから、その手続全部を無効として更に審理し直さなくてはならないとすることは、訴訟経済にも反するし、その他殆ど意味のないことといわなければならない。それ故に原審が少年である被告人の本件強盗事件と共犯たる川本善司に対する強盗被告事件を併合して審理したこと記録上明白であり、少年法第四十九条第二項に反するものがあると認められるけれども、この訴訟手続の違反は判決に影響を及ぼすものとは認められないから論旨は理由がない。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穗 判事 山岸薫一)
控訴趣意
第二点原審の訴訟手続には少年法の違反がある。
被告人久野は昭和八年十二月五日生の少年であるので原審が少年法を適用して被告人に対し不定期刑を言渡したことが原判決によつて明らかである。従つて原審がその審理についても亦同法所定の手続を履践しなければならなかつたことは贅言を要しない。ところで同法第四十九条第二項は、少年に対する被告事件は他の被告事件に関連する場合にも審理を妨げない限り、その手続を分離しなければならない。と規定しており、斯様な規定が設けられた所以は、一般に少年犯は心身の発育が不完全で思慮分別がまだ浅いために悪い環境の悪感化に原因するものが多く、従つて適切な保護善導を施せば更生させることが比較的容易であるから、その目的を達せんがためには事件を審理するに当り出来得る限り他人との接触を避け静かな所で特に懇切周到を要するからである。これは同法第一条に、「この法律は、少年の健全な育成を期し非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行うとともに、少年及び少年の福祉を害する成人の刑事事件について特別の措置を講ずることを目的とする。」と規定されているところにより明らかである。それ故右第四十九条は少年の刑事事件の審理上極めて重要な規定であるといわなければならない。そして同条の趣旨が若し併合しなければ審理ができない特別の事情があればまたやむを得ないけれども、そんな事情のない限りはたとえ他の被告事件と関連があつても少年に対する被告事件はこれを他の事件と分離して審理しなければならないというにあることは、その文理解釈上明らかである。而して、その第一項には、「少年の被疑者又は被告人は、他の被疑者又は被告人と分離して、なるべくその接触を避けなければならない。」と規定しなるべくという文句があるのに、第二項にはそれがないこと及び判例が訓示的規定であると解している、第九条の文句と対照すれば右第四十九条第二項は決して訓示規定でないことが認められる。然るに原審の記録を検討すると、本件被告人には水原健一こと山本善司という共犯があり、同人に対する公訴は昭和二十七年五月十三日に提起され被告人に対する公訴は同年四月二十八日に提起されたので原審は昭和二十七年六月七日一旦各別に公判を開いたけれども同日右二つの被告事件の併合を決定し、爾来その決定に基き併合審理を遂げ判決を宣告したことが窺われると同時に若し併合しなければ審理が妨げられたであろうと認められる何等特別の事情の存在しなかつたことも亦原審記録上明らかである。勿論併合して審理をすれば別々に審理するよりも手数と時間が省けるから訴訟経済上好都合であつたろうとは考えられるし又本件被告事件の起訴状の末尾に検察官が「追而本件は昭和二十七年五月十三日起訴にかかる水原健一に対する強盗被告事件と併合審理相成度い」と記載しているけれども、もとより右は何れも右少年法第四十九条第二項にいう分割審理を妨げる理由には当らない。
然るに原審が前叙の通り本件を原審相被告人水原健一こと山本善司に対する強盗被告事件に併合して審理したのは明らかに少年法第四十九条第二項に違反するものである。従つて原審訴訟手続には重要な法令違反がありその違反は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決は所詮破棄を要するものと考える。
(その他の控訴趣意は省略する。)